day/dreamer

敬愛する古明地洋哉さんをはじめ、音楽や芸術について書き綴っていきたいと思っています

欲望


 さて、何から書き始めようかな。

 
 僕が古明地洋哉という異色の表現者の存在を知ったのは、SNOOZER誌に掲載された加藤亮太氏の記事からだった。


 すごい記事だった。「古明地洋哉は本物だ」。一新人アーティストをそのように讃える一文に帰着していく、その筆力の物凄さ。あんなに鬼気迫る新人アーティスト紹介の文章を、僕は後にも先にも知らない。


 その記事の左ページに掲載されたモノクローム古明地洋哉の写真は、当時まだ27歳。僕の手元に、もうその記事はないが、あの表情は、はっきりと思い出せる。まず伝わってくるのは虚脱感。しかしその虚脱感の奥に、彼は確信めいた何かを体得している。彼は自分自身のまとったその虚脱に馴れ親しんでいて、そんな彼にだけ確かに見えているものがある、そんな顔だった。素敵だった。


 僕はさっそく新宿のタワーレコードにおもむいて、『讃美歌Ⅱ』を見つけた。『讃美歌Ⅰ』はなくて、そのかわりにシングル『欲望』があった。そう、確かにあの幻の一枚を、あのとき僕はこの目で見て、手に取っていた。そして、それを思うと今でも胸が疼くのだけど、僕はそれを買わなかった。


 インディーズデビューアルバム『讃美歌Ⅰ』のラストに収録された『欲望』の歌詞は、こんな風に始まる。



 何かを伝えたいときには
 誰かに伝えたいときには
 僕は無口になってしまう
 何も言えなくなってしまう


 強く伝えたいときほど
 強く伝えたいときほど
 僕は無口になってしまう
 何も言えなくなってしまう


 君を愛している


 
 僕はやられた。最高の曲だ。それまでの人生の中で、ずっと僕の心の底で揺れ動いていた感情。全て片想いだった人生6度目の恋が、4年という月日の末に、何も言い出せないまま当たり前のように人生6度目の失恋に終わった、そんなありふれた20代の序盤で、僕はこの曲に出会った。僕は、その最後の失恋を2年越しで引きずっている最中だった。


 古明地さんの息吸う音もはっきりと聞こえてくる、ため息交じりの歌唱。まるで耳元で歌われているようでもある。そこで表現されていく世界。切ない歌詞にエールを送るかのように、二本のギター音が絡み合っている。一本は狂おしく情熱的にループし、一本は優しくあたたかに見守っているよう。


 で…これは僕の個人的な感想なんだけど、『欲望』のニュアンスって、一人でアレして射精したあとのぐったりした感じに、すごく似てるんだよなあ。切なくって、虚脱してて、なんかあったかくて、けど胸の奥には恋しい恋しい思いがあって、っていう。
 だからサビの「君を愛している」っていうフレーズが、ナニしといて、なにを臆面もなく…みたいなちょっとした奥ゆかしさもあるって言うか…。誰も理解してくれそうにないんだけど。
(こんなこと書いて、もし古明地ファンの方や、ひょっとして古明地さんご本人のお目に触れたらと思うと、お怒りになるかもしれないし、申し訳ないのですが…。訂正をお望みでしたら、お言い付けください)


 いまでも、僕はこの歌が大好き。自然に、胸に何かが湧き上がってきて、こみ上げてきて、それは古明地さんの歌の奥底に、純粋さや闘志が稀少な純度で存在してるからじゃないか、という気がするんだよな。


讃美歌I

讃美歌I