(just like a)stoned flower
- アーティスト: 古明地洋哉
- 出版社/メーカー: インディーズ・メーカー
- 発売日: 2004/02/04
- メディア: CD
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はあ。俺は毎日、何を小難しいことを書いているんだろう。なんだか肩肘張って、レビューみたいなもんを仕上げてる訳です。
しかし、そういうのって好きなんですな。
『想いが言葉に変わるとき』地方限定版のカップリング曲『(just like a) stoned flower』。いいなあ、この曲は。
自由だ。
胸に、何の根拠もなく、「自由だなあ」という喜びみたいなものが溢れてくる。切ない歌詞なのに、どうしてだろう。
君の悲しげな
ため息のひとつひとつが
ハレルヤのように
聴こえるのは
気のせいなのか
な
古明地さんがthe theの『Slow Emotion replay』を聴いて、「大学卒業しても就職しない」、って決めたときの気持ちも、きっとこんな風だったんじゃないだろうかな。(『Slow Emotion replay』の前奏のハーモニカの音には、確かに無性に人を切なく嬉しくさせてくれる何かがある)。
部屋に飾るはずだった
ありったけの花束は
窓から捨ててしまった
世界にくれてやった
古明地さんの歌詞に実に頻繁に登場する「世界」という言葉が、このサビでも使われている。いいんだよね。古明地さんが「世界」という言葉を使うとき、なぜだか聞き手の我々には、快感がもたらされる。
なんでだろう。
ご自身の音楽を突き詰めていかれる過程で、宇宙みたいに果てしない、自分一人の孤独の中に沈んでいった古明地さん。 HPのバイオグラフィーのページでも、「ニート」という言葉を使っていらっしゃいます。そういう歴史をたとえ知らなかったとしても、あの甘美なメロディーと、内省の上にも内省を重ね、その上に妄想と幻覚も加えたような歌詞からは、少なくとも社会性、社会的な何かなんてものは伝わってこない。
だからだろう、古明地さんが使う言葉は、決して「社会」ではなく、「世界」なんだ。それじゃあ、「世界」って何?
僕が古明地さんの「世界」から連想するのは、僕らの手に負えないような、複雑化したこの現代のシステム。この訳の分からない無機的な世界の成り立ちに、昼と夜は巡ってきて、風が吹いて、季節は巡る。つまり、自然もシステムも含めた僕らの外部。そんな感じかな。それにしても、「世界」なんて言葉を使うのは、一般人じゃない。世界を統べる王か、革命家か、それとも気のふれた奴隷か。
しかし、この曲にある憂鬱な雰囲気って言うのは、なぜだかヨーロッパの古い街並にある一室を連想させるんだけど、つまりここでは、社会はそれほど複雑化されていなくて、ただ窓の外にある世界、それこそが「世界」と歌われているような気がする。
それは、こんな風に言い換えてもいいかもしれない。
できれば関わりたくないけれど、関わらなくちゃいけなくて、しかもそこには大いなる無関心が流通している、そんな外の世界。
付け加えると、フィーリングとして、ひょっとしたらその外の世界に関わらなくてもいいかもしれない…っていう、頼りない望みみたいなものも、感じられるような気がする。