day/dreamer

敬愛する古明地洋哉さんをはじめ、音楽や芸術について書き綴っていきたいと思っています

夢のかげ

灰と花

灰と花


 アルバム『灰と花』の3曲目に収められたこの曲。無性に好きだ。
 けれど、そんな風に好きになったのは、実は案外に最近のことです。


 思えば、『灰と花』というアルバムについて、僕はうまく飲み込めないでいた。

 
 このアルバムを買ったときの興奮と、期待は忘れようがない。待ちに待った、古明地洋哉の初めてのフルアルバムだったのだから。
 聴いているときも、やたらと高揚していたと思う。なにしろ一曲目が伝説の『the lost garden』。二曲目は緊迫したシリアスさが格好いい『acrobat』。
 聴き終わって、「ありがとう、古明地洋哉さん。あ〜、もっとたくさん、この人の曲を聴きたいなあ」みたいなことを思っていたのも、覚えている。だけどなぜだろう、胸にはもの足りなさもあった。
 『the lost garden』が思いのほか立派な門構えだった、というのもあったと思うけど、僕はたぶん、『acrobat』のあとに続く、

 『夢のかげ』
 『SWEET RAIN』
 『星の埋葬』
 
というミドルテンポの曲たちが、思っていたような性急さに満ちたものでなかったことに、少し戸惑っていたんだと思う。7曲目の『ライラックの庭』が、実にまた迫力に満ちたものであるんだけど、当時24歳だった僕には、このアルバムの中盤が持つものを、うまく理解できなかったんだろう。


 しかし、今聴くとはっきりと分かる。このアルバムは本物の名盤だ。古明地洋哉という、若い一人のアーティストが作った、彼の世界観の全てだ。


 『夢のかげ』という曲の聴き所、急所というのは、サビの手前から鳴り始め、サビに入って、歌の後ろで小刻みに暖かく鳴り続けるあの高音のエフェクトギターの音色だ。これを楽しめるようになったとき、僕はこの曲が大好きになっていた。今の街に越してきた年の春先、車の中でやたらとこの曲を聴いていた。


 雨上がりの空
 舞い散る陽射し
 風はささやき
 君は微笑む
 丘の向こうから
 鐘の音が響く
 うつろな心を
 切なさが満たす


 あとどれくらい
 この目を閉じればいいの
 あとどれくらい
 この耳をふさげばいいのだろう

 
 世界を撃つ歌もなく
 慰めの歌さえなく
 無駄な言葉ばかり
 積み重ねていくだけで
 おろかな風に吹かれて
 戸惑うばかりの僕に
 何が言えるのだろう
 この夢が終わるときに


 最初の8行はきわめて写実的で、具体的で、しかも美しく爽やかな風景が歌われている。特に最初の4行で表現される世界の自由さ。なんとひろびろとした世界を感じるんだろう。なんと、のびのびとして瑞々しい情感に溢れているんだろう。
 しかし、次の4行で、どんどん世界にメランコリックな色が沈殿していく。連結する歌詞では、隣にいた「君」は、一体どこに行っちゃったの? と聞きたくなるくらい、自分のインナーな世界に入り込んでいってしまっている。これはもう、恨み節だ。
 そしてサビで歌われる無力感。脱力感。そこにあるのは、はじめの具象画とはうってかわって、自己内世界を呟くように表現した抽象絵画だ。


 この曲を聴いていて、僕が連想するのは、空気が澄み渡った青空。春の堤防。それからやはり、射精のあとの、あの自由で、脱力した感じだ。(こんなのって、本当に僕だけなんだろうか)。


 古明地さんの声がまたいい。(彼の当時の年齢を考えれば、今は古明地くん、と言うのが適当かもしれないけれど)。
 どこか力が抜けていて、でも真摯で、そして優しい声。
 そのうしろでは、何かを継いで行くような、あたたかく響くギターの音色がある。

 
 曲が終わるとき、僕の心象には、具象画とも抽象画とも言えない、爽やかで生命力に溢れた、光の色と影の色、なびく草の緑色と風の色が映し出されている。