こころ
- アーティスト: 古明地洋哉,弥吉淳二
- 出版社/メーカー: 日本コロムビア
- 発売日: 2004/11/25
- メディア: CD
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先日、同僚から古明地洋哉について聞かれたので、説明していたところ、
「井上陽水みたいな感じですか?」
という鋭い質問が返ってきました。それで僕自身の古明地洋哉観は、大いに揺さぶられ、発見するところもありました。
その同僚のために、僕が考える古明地洋哉ベストセレクションをCDRにダビングしました。
聴いてみると、どの曲もメロディーの良さ、歌詞の良さ、器楽的な良さ、音そのものの独創性といった全てが際立っていて、心に響いてきます。
古明地洋哉が我々に届けてくれた曲たちが、どれもすばらしかったという証拠にほかなりません。それが確認できて、嬉しく思いました。
ひとつ、後悔があるとすれば、『こころ』を入れなかったこと。その同僚は、夏目漱石が大好きなのです。『こころ』というタイトルは、夏目漱石の代表作とかぶっています。そのことに、あとから気付いたのでした。
夏目漱石と古明地洋哉には、共通点があります。
ロンドンという日本を遠く離れた異国のアパートの一室で、発狂寸前になるまで文学の道を追求した漱石。彼は神経衰弱で帰国し、『吾輩は猫である』のあとに幻想的、夢幻的な作品をいくつも発表しました。
古明地洋哉は、現代日本の「都市」の自室に引きこもり、孤独に侵食されながら音楽を追求していきました。
古明地さんが描く歌の主人公たちと、夏目漱石の描く小説の主人公達も、よく似た面があります。どちらも自身の内側からわきあがってくる生のエネルギーに戸惑いながら、よるべない身を風の中で蜃気楼のように揺らしている、そんなイメージがあります。
また、実際に『こころ』の歌詞を見てみても、漱石の『こころ』の登場人物をイメージさせるようなくだりがあります。
ゆっくりと物憂げにリフレインする単音ギターの音色に載せて、ため息のように古明地洋哉はこう歌います。
生き切れないよ 死に切れないよと
くすぶる命を 風はあおりたてる
そして、このフレーズのあと、激しいノイズと、ダイナソーJRを思わせる狂おしいまでに高らかなホーンが鳴り響きます。その間奏は、ここまで緩やかに展開してきた曲調からあまりに突然に逸脱しています。雷鳴、閃光、火柱、暴風雨、混沌といった凄まじいイメージが喚起され、渦巻くような激情のほとばしりが伝わってきます。
もしも古明地洋哉が、「K」の自決のあと、誰にも心の内を隠したまま、腕組みして生き続けた「先生」の内面をここに表現したのだとしたら…。
いや、「もしも」ではなく、僕にはそうとしか思われません。「先生」の内面とは、これほどまでにノイズに満ちた、激しいものであったに違いないと思われるのです。それは僕にとって、啓示的な符合と言ってもいい。こんな偶然が、あるでしょうか。
そしてこの曲は、こんな歌詞で締めくくられます。
待ちきれないならば 駆け出せばいいだろう
こらえきれないならば 溢れ出せばいいだろう
そう歌う古明地さんの声は、すごく優しい。こころに傷を負ってうずくまってしまった人たちに、古明地さんはこんな風に優しく語りかけたのです。すばらしい名曲だと思います。