day/dreamer

敬愛する古明地洋哉さんをはじめ、音楽や芸術について書き綴っていきたいと思っています

hello


 ワンマンライブ#3、SOLD OUTの告知が出ましたね。(^^)


 すごいなあ。うれしいことです。

 
 ただ…、僕は行けない…んですよ…。仕事が…(泣)


 分かって頂けますか? 僕のこの複雑な心情。


 ファンとして、ソールドアウトは純粋に、うれしい限り。


 だけど僕は、外せない仕事…。


 その外せない仕事が、あり得ないことですが、万が一、奇跡的に早く終わって、東京に駆けつけることができたとしても、もう、そこには空席がないってことなんですよね…。


(あやふやな状況で、予約するわけにもいかなかったし…。)


 そんなこんなで、95%のうれしさと、5%の忸怩たる思いで、僕は「SOLD OUTしました」の文字を、しばらく見つめていたわけです。


(万が一の時には、立ち見でもいいので見せていただきたいなあ…。あっ。あれ、やろうかな。スケッチブックに「チケット譲って下さい」って書いて、体育座りするアレ。…う〜ん、あれを阿佐ヶ谷商店街の路地でやるのか…逆に嫌がらせですよね。みんな、楽しみにして来てるのに。やめとこう…) 



 #2のライブで古明地さんが歌ってくださったCD未収録曲は、『PRESTO』『hello』『真夜中のキャロル』の3曲。


 #1のライブが、前半にCD収録曲を10曲、後半にめくるめく未収録曲たちを立て続けに10曲、という構成だったのとは対照的です。
 

 つまり、ここには、全く違ったテーマが読み取れる筈ですが、共通しているのが、

『hello』

『真夜中のキャロル』

 という2曲の並びで、どちらのライブも締めくくられているということです。


 ともに、すばらしく感動的なナンバーですが、感動の質は、それぞれに異なるように思えます。


 『真夜中のキャロル』の主人公は、我々がよく親しんできた古明地ソングの主人公たちの眷属です。


 「いつでも少しも残さず食べてくれ」(『ジョン・メリック』)

 
 「I love your mistakes(君の過ちを愛す)」(『Submisson(Ten Commandment)』)

 
 「君のその心臓にキスしてもいいかい?」(『マルテ』)


 といった、想いが強すぎて、思考が常軌を逸してしまっている、ストーカー転じて逆に殉教者的な、崇高さすら感じる境地に到達した人物のナンバーです。


 一方の『hello』は、もう少しドキュメンタリーな一曲に思えました。


 この曲を聴きながら、僕は『bleach』を思い出していました。

 
 どちらの曲も、朝の街を歩いているからかもしれません。


 しかし、『bleach』の主人公が、世界にキスを受けて、涙をただこぼしていたのに対し、『hello』の主人公は、世界が「hello」と言うのを、聴くのです。どちらも、そこにある感覚を独創的な比喩で表現したものですが、前者が限度を超えた無感覚的な痛みに浸っているのに対し、『hello』にある朝の輝き、光のプリズムが一瞬に交錯して乱舞するような透明感あふれる情景に、聴く者は、胸を打たれずにはいられません。そこには、この曲の主人公の、確かな現実の認識、あるいは受容があります。まるで地球の自転を感じるかのような、スーパーダイナミックなスピード感さえあります。(曲自体は、ミドルテンポなのに、です)。


 ただ一人の青年が、朝の街に立っているだけのこと。しかしそこにあるドラマチックな感覚は、主人公自身の、朝を迎え、そこからはじまる時間を生きようとするたしかな意志が、あざやかに込められているからではないでしょうか。

   
                 (古明地洋哉ワンマンライブ#2 2012.11.3⑤)